東都、食に乏し。太府卿元文都等、城を守りて公糧を食はざる者を募り、散官二品を進む。是に於て、商賈、㈦象を執りて朝する者、勝げて数ふ可からず。
二月己卯、唐王、太常卿鄭元璹を遣はし、兵を将いて商洛に出で、㈧南陽を徇へしめ、左領軍府の司馬㈨安陸の馬元規をして、安陸及び(一〇)荊襄を徇へしむ。
李密、房彦藻・鄭頲等を遣はし、東して黎陽に出で、道を分かちて州縣を招慰せしむ。
(一一)粱郡の太守楊汪を以て、上柱國・宋州總管と為し。又、手書を以て之に與へて曰はく、 (一二)『昔、雍丘に在りて、曾て相追捕す。
(一三)鉤を射(一四)袂を斬ること、敢て庶幾せざらんや』と。
汪、使を遣はし、往来して意を通ぜしむ。
密も亦羈縻して之を待つ。
彦藻、書を以て竇建徳を招き、来りて密に見えしむ。
建徳・復書し、辭を卑しくし禮を厚くし、託するに羅藝が南侵するを以てし、北垂を捍禦せんと請ふ。
彦藻還りて(一五)衛州に至る。
賊帥王徳仁、邀へて之を殺す。
徳仁、衆数萬有り。
(一六)林慮山に據り、四出して抄掠し、數州の患を為す。
三月己酉、斎王元吉を以て鎭北将軍・太原道行軍元帥と為し、十五郡の諸軍事を都督せしめ、便宜を以て事に従ふを聽す。
資治通鑑 解説
㈦象は象笏なり。西魏以来、五品以上は通じて象牙を用ふ
㈧南陽。煬帝、鄧州を改めて南陽群と為す。
㈨安陸。煬帝、安州を改めて安陸郡と為す
(一〇)荊襄 荊州は南郡。襄州は襄陽郡
(一一)粱郡。煬帝、宋州を改めて粱郡と為す
(一二)昔、雍丘云々。事、一百八十三巻 大業十二年に見ゆ。
(一三)鉤を射る。管仲、斎の桓公を射、帯鉤に中つ。桓公之を用ひて以て相とす。
(一四)袂を斬る。晋の寺人披、公子重耳を伐ち、其袪を斬る。文公怨みず。
(一五)衛州は隋 汲郡と為す。今の河南省河北郡汲縣
(一六)林慮山。魏郡林慮縣(今の河南省河北道林縣)に在り
『続国訳漢文大成』経子史部 第11巻,国民文庫刊行会,昭3至7. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1239984 (参照 2024-10-26)